第二次上海事變は中國共産黨の陰謀だ❗
1930年代、當時中國は國家の體をなしておらず浙江軍閥の蒋介石率いる国民黨軍は戰力的に日本軍に壓倒的に劣るため戰う気は全くなかった。
コミンテルンの指令を受けた毛沢東は再三に亘り日本軍を挑發したが日本軍は絶對乗らなかった。
盧溝橋で銃聲が聞こえ、關東軍が反撃を開始して支那事變が始まった。
のちに周恩来は人民軍が先に挑發、發砲したことを認めてゐる。
上海には英讀佛、チェコが駐留していたが獨逸は日本が第一の敵、共産黨は二の次、と蒋介石を唆し、機關銃で支援。國民黨軍は上海の日本軍に機銃掃射したが戦力で劣る國民黨軍は敗北した。こうして泥沼の日中戰争に突入したのである。
共産党の陰謀!中国に引け目を感じる事はありません! 日本が中国を侵略したとする日華事変の嘘|https://ameblo.jp/ba5603/entry-12601680239.html
大村愛知県知事のリコールが始まった。
昭和天皇の御真影をガスバーナーで焼き足で踏みつけたり愚かな「日本人」と英霊を侮辱する紙屑玉を展示するのに愛知県民の血税を使い、剰え、金を出せと川村市長を訴えた國賊を我が國から追放しろ💢💢💨
#大村知事のリコールを支持します、始まった❗|https://ameblo.jp/servicers/entry-12600359430.html
中国の自己弁護
https://ameblo.jp/suzaku-hinode/entry-12600249493.html
注目記事1359~【武漢媚奴19】シナ全人代で繰り広げられた自己弁護|https://ameblo.jp/suzaku-hinode/entry-12600249493.html
尖閣諸島
明治政府は、尖閣諸島は明治28年無人島でありかつ何処の國さないことを確認の上我が国に編入した。写真は1910年頃日章旗を立てて居住する漁民達です。
中国の領土である証拠はひとつもない。
にも拘らず1980年代に入り尖閣諸島に豊富な地下資源があると知るやいなや中国は自分の領土だと主張し始めた。
石原元都知事の言う通り、我が国固有の領土である旨を公示すべく船泊りを作るべきだ。
現在の中国公船の領海侵犯を黙認すれば何れ乗っ取られてしまう。
我が国漁船を島に近づかせない日本政府の対応は全くおかしい。
太平洋進出を図る中国にとって台湾、尖閣諸島は邪魔物なのだ。
一方中東へのタンカーの通り道、シーレーンの確保は我が国の死活問題だ。
来年には魚釣島に米軍基地ができる。
日米台湾で結束して中国を封じ込めなければならない。
河豚計画 - Wikipedia
河豚計画(ふぐけいかく)とは、1930年代に日本で進められた、ユダヤ難民の移住計画である。1934年に鮎川義介が提唱した計画に始まるとされ、1938年の五相会議で政府の方針として定まった。実務面では、陸軍大佐安江仙弘、海軍大佐犬塚惟重らが主導した。ヨーロッパでの迫害から逃れたユダヤ人を満州国に招き入れ、自治区を建設する計画であったが、ユダヤ人迫害を推進するドイツのナチ党との友好を深めるにつれて形骸化し、日独伊三国軍事同盟の締結や日独ともに対外戦争を開始したことによって実現性が無くなり頓挫した。
河豚計画の語源は、ロシア革命で満州に逃れて来るユダヤ人が殆ど商売上手で鮎川達にとって利用価値があり、美味しいが同時にユダヤ人は危険な毒があると言うことで河豚に例えたものである。
ロシアは日清戦争で三国干渉したことを恩に着せハルビンを租借する形で街は極東の巴里と言われるほど美しく賑わいをみせていた。
しかし満州事変を境に我が帝国が進出したことから日独ソの三つ巴の紛争が勃発したのである。
朝鮮戦争とアチソン演説
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米国は中国がソ連と同盟を結んだ以上もはや朝鮮半島に介入することは困難と考えた。
従ってアチソン国務長官は演説の中で「朝鮮半島はアメリカの防衛ラインに入っていない」と表明した。
金日成はモスクワを訪問した際スターリンと会談し、南に侵攻する時に中国人民解放軍の援護を期待する点で両者は意見の一致をみた。
以下は琉球大學金強弱の論文を引用する。
<スターリンがかならずしもアチソン演説を額面どおりに信じていたのではなかったのではないかという疑問点を逆に浮かび上がらせる。筆者は朝鮮戦争以外にもソ連が介入を決定した事例に関して研究したことがある。たとえば、1979年のアフガン介入の場合でもソ連は最終決定を下した時の会談速記禄をのこしていない。史料が核心的なものになればなるほど、ソ連指導部では速記録をとらなかったようである。朝鮮戦争でもソ連側が速記録を残していない可能性が高く、今のところ下記で述べる史料しか発見されていない>
私はやはりアチソンが米国内の共産主義勢力に騙され上記演説を行ったという見解に同意する
マッカーサー元帥が平壌近くまで侵攻しながら撤退したのは米国政府の命令であったことが何よりの証拠である。